DVD「善き人のためのソナタ」を観た
2012.05.13 Sunday | by wazanegio
とても見応えのある映画。2006年のドイツ映画で、アカデミー賞外国語映画賞を受賞している。
ベルリンの壁が崩壊する前の東ドイツを舞台にした映画だ。
社会主義を標榜する東ドイツ政府。しかし、その体制を維持するには様々な問題を圧殺しなくてはならない。この映画の冒頭に語られるように、10万人の職員と、20万人の密告者によりこの体制はかろうじて保たれている。つまり、国家保安省シュタージによる言論統制による不条理な世界での物語だ。
容疑者の尋問のシーン。それから尋問の仕方についてのヴィースラー大尉の講義のシーン。この非情なヴィースラー大尉と国家権力の恐怖が初っ端にドーンと出てくる。
主役のヴィースラー大尉はガチガチの社会主義者。今の体制と自分の仕事に対して誇りを持っている。
この体制にとって一番困ることは、市民が自由に考え行動することだ。国がちゃんと皆のことを考えてあげているのだから、余計なことを考えずにただ従っていればいいのだというのがこの国の在り方。
党の上層部にとっては都合のいい仕組みといってもいい。だから、この仕組みに少しでも異を唱える者は容赦なく弾圧する。西側との接触の嫌疑をかけられた劇作家のドライマンは、証拠をつかむために家中に盗聴器を仕掛けられ、監視されることになる。ドライマンが留守の時に10名近い所員が来て盗聴器を仕掛けるのだが、それを見た隣人に一言、「しゃべったら娘は卒業できなくなるゾ」。つまり、個人の情報は全て管理しているのだ。恐ろしい場面の一つ。
こうして、ドライマンの生活の24時間が盗聴されることになるのだが、直接指揮をとり、自らも盗聴するヴィースラーの内面の変化が、この映画の主題だ。
ドライマンとその恋人であり女優のクリスタの愛の語らい。友人たちとの芸術に関する自由闊達な議論。
今の体制をなんとかしなくてはならないといった熱い思い。友情や愛情に満たされた空間と自己を偽らない勇気。交代制で行っている盗聴から、自分の殺風景なアパートに帰ってくるヴィースラーの心に何か変化がきざし始めた。自分のアパートに娼婦を呼ぶシーンがあるが、内面の殺伐としたむなしさをうまく表現している。呼ばれた娼婦は、事が済むと時間ぴったりに帰っていく。もう少し居てくれというヴィースラーに対して、また呼んでねと笑顔で振り返り部屋を出ていく娼婦。
党から資格をはく奪され無為な日々を送らざるを得ない演出家のイェルスカが自殺をしたのを機に、ドライマンは仲間の助けを借りて、西側の雑誌に東ドイツの現状のルポ記事を投稿する。
当然、一部始終を盗聴されているのだから犯人としての証拠をつかまれているはずなのだが、これをヴィースラーが握りつぶしてしまう。ドライマンは事を実行する前に、盗聴されていないかを確かめるためにがせネタを流すのだが、これもヴィースラーが故意に握りつぶしていたのだ。そして、決定的な証拠であるタイプライターもヴィースラーが隠匿してしまう。これらの行為は上司の疑惑を招き、最下層の閑職に追いやられる。しかし、ベルリンの壁が崩壊してから出版された「善き人のためのソナタ」というドライマンの自伝の扉にヴィースラーに対する感謝の言葉を見て満足げにうなずくところでこの映画は終わる。ヴィースラーの名前は暗号名で記載されているので、この本の感謝の言葉は、ただ一人ヴィースラーだけに向けられたものである。
権力の象徴として、ヘムプフ大臣というのが出てくるが、正に自分の欲求だけのために国はあるといった類の人間で、こんな人間に支配される世界の不幸が伝わってくる映画でもある。
ベルリンの壁が崩壊する前の東ドイツを舞台にした映画だ。
社会主義を標榜する東ドイツ政府。しかし、その体制を維持するには様々な問題を圧殺しなくてはならない。この映画の冒頭に語られるように、10万人の職員と、20万人の密告者によりこの体制はかろうじて保たれている。つまり、国家保安省シュタージによる言論統制による不条理な世界での物語だ。
容疑者の尋問のシーン。それから尋問の仕方についてのヴィースラー大尉の講義のシーン。この非情なヴィースラー大尉と国家権力の恐怖が初っ端にドーンと出てくる。
主役のヴィースラー大尉はガチガチの社会主義者。今の体制と自分の仕事に対して誇りを持っている。
この体制にとって一番困ることは、市民が自由に考え行動することだ。国がちゃんと皆のことを考えてあげているのだから、余計なことを考えずにただ従っていればいいのだというのがこの国の在り方。
党の上層部にとっては都合のいい仕組みといってもいい。だから、この仕組みに少しでも異を唱える者は容赦なく弾圧する。西側との接触の嫌疑をかけられた劇作家のドライマンは、証拠をつかむために家中に盗聴器を仕掛けられ、監視されることになる。ドライマンが留守の時に10名近い所員が来て盗聴器を仕掛けるのだが、それを見た隣人に一言、「しゃべったら娘は卒業できなくなるゾ」。つまり、個人の情報は全て管理しているのだ。恐ろしい場面の一つ。
こうして、ドライマンの生活の24時間が盗聴されることになるのだが、直接指揮をとり、自らも盗聴するヴィースラーの内面の変化が、この映画の主題だ。
ドライマンとその恋人であり女優のクリスタの愛の語らい。友人たちとの芸術に関する自由闊達な議論。
今の体制をなんとかしなくてはならないといった熱い思い。友情や愛情に満たされた空間と自己を偽らない勇気。交代制で行っている盗聴から、自分の殺風景なアパートに帰ってくるヴィースラーの心に何か変化がきざし始めた。自分のアパートに娼婦を呼ぶシーンがあるが、内面の殺伐としたむなしさをうまく表現している。呼ばれた娼婦は、事が済むと時間ぴったりに帰っていく。もう少し居てくれというヴィースラーに対して、また呼んでねと笑顔で振り返り部屋を出ていく娼婦。
党から資格をはく奪され無為な日々を送らざるを得ない演出家のイェルスカが自殺をしたのを機に、ドライマンは仲間の助けを借りて、西側の雑誌に東ドイツの現状のルポ記事を投稿する。
当然、一部始終を盗聴されているのだから犯人としての証拠をつかまれているはずなのだが、これをヴィースラーが握りつぶしてしまう。ドライマンは事を実行する前に、盗聴されていないかを確かめるためにがせネタを流すのだが、これもヴィースラーが故意に握りつぶしていたのだ。そして、決定的な証拠であるタイプライターもヴィースラーが隠匿してしまう。これらの行為は上司の疑惑を招き、最下層の閑職に追いやられる。しかし、ベルリンの壁が崩壊してから出版された「善き人のためのソナタ」というドライマンの自伝の扉にヴィースラーに対する感謝の言葉を見て満足げにうなずくところでこの映画は終わる。ヴィースラーの名前は暗号名で記載されているので、この本の感謝の言葉は、ただ一人ヴィースラーだけに向けられたものである。
権力の象徴として、ヘムプフ大臣というのが出てくるが、正に自分の欲求だけのために国はあるといった類の人間で、こんな人間に支配される世界の不幸が伝わってくる映画でもある。


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